年齢を数えてはいけない

こころ

タイトルを見て、えっ、どういうこと!?と思った方も多いでしょう。

この、一見不便でしかない「年齢を数えてはいけない」という行為は、私の恩師も同じことを話し、実行されていました。

そして院長も全く同じで、昔から年齢を全然数えていませんでした。なので、私が院長と出会った当初は、年齢不詳でした。

毎回、院長に年齢を聞くたびに違うので不審に思っていたのですが、実はある理由のためだったと、後から分かったのでした。 

わたしもここ数年は、必要な時以外は年齢を数えず、意識しないようにしています。

社会生活を送る上では自分の年齢が分からないと不便でしかないのですが、では何故、年齢を数えてはいけないのでしょうか?

厳密にいうと、年齢を数えてはいけないというよりも、「年齢に見合ったイメージを持ちすぎない、当てはめない」ということになります。

世間一般でいうような「◯◯歳」の見た目を意識すればするほど、その状態に近づきやすい、ということになるのです。

院長も、ある時に年齢を意識した途端に、一気に変わった気がすると話しておりました。(それでも、充分若々しいのですが。)

そして、日本は初対面でも年齢を尋ねたりと、やたらと年齢を気にする文化です。(ここ数年では、海外と同様に失礼にあたるという認識が増え、聞くのを控える方もいるみたいですが。)

とにかく、年齢がすすめば進むほど、意識しすぎてはいけないのです。

生きていく上で、どんなに小さなことでも夢、目標、ビジョンを持つことは大切です。「◯◯歳までに、こうなりたい!」と思うのは立派なのですが、それが自身が強く思い描いたものと現実とで大きく異なると気付いた時、人は一体どうなるでしょうか?

ほとんどの場合、絶望感、悲しみ、孤独感、焦燥感、後悔、嫉妬心、やりきれない気持ち、どうして自分はこうなってしまったのだろう?何が悪かったのだろう?などの、様々な念が込み上げ、苛まれている方が多数です。

ここでひとつ、よくある分かりやすい事例を挙げましょう。

例えば女性で「30歳までに理想の男性と結婚して、子供を産んで、幸せな家庭を築き、老後も安定して暮らしていく!」という夢があったとします。

 これが一つも叶わなかった場合、どんどん年齢を意識してしまいます。

もちろん、女性は生物学的にも妊娠、出産の適齢期があるために、絶対的に意識をしてしまうのは、当然のことですし、その気持ちは私自身、痛いほどよく分かります。

しかし、神経質になりすぎると、ただただ毎日が辛いだけです。不妊治療を行っている方も、当然年齢を意識せざるをえない状況になります。

そして、中には焦りから妥協で結婚してしまったり、変な方向へ進んでしまったりと、そういう方も多く見受けられます。

分かりやすい例を挙げただけで、他の事例でも同じように当てはまることです。

男性も同様に、◯◯歳の社会的ステータス、経済状況などのイメージを強く持ち、意識して相違点が多ければ多いほど老け込み、自信を喪失していくものです。

ちょっと話は変わりますが、患者さんのご相談を聞いていても、「私はもう◯◯歳だから、新しいことをするのは無理」「この年齢では、諦めるしかない」という話を、よく聞きます。

年齢や身体の状態に見合った適度な生活習慣の見直し、たとえば食事制限などは、場合によっては必要かもしれません。

しかし、自分自身に制限を設けすぎると、あらゆる可能性と、自信を失くしていくだけです。

成功する人としない人、というテーマの講義でも、こういった自身へのレッテル貼りをしてはいけないというのは、前提条件とされています。

人生は、一筋縄ではいきません。

どんな状況に陥っても動揺しない心、そしてその状況を受け入れる心が必要ではありますが、現代の日常生活で強靭なメンタリティが自然に育まれるかといったら、決してそうではないと私は思っています。

そういった事もふまえた上で「心の養い方」として、毎週土曜日・13:30から、当院では龍樹会を開催し、自分自身と向き合う時間も設けています。

お問合せ、ご連絡はこちらまでお気軽にどうぞ。→LINE ID: @ryuju 

〜あとがき〜

ジョン・レノンの名言に、こんな言葉があります。

Count your age by friends, not years. Count your life by smiles, not tears.

年齢は年ではなく友人で数え、涙ではなく、笑顔で人生を数えよう。

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